海外留学というと、MBAなどの一部のプログラムを除き、これまで日本企業はあまり良いイメージを持っていませんでした。しかし、最近になって留学経験者にも秋波を送り始めています。
武田製薬では米国ボストンにて毎年行われている就職イベント「ボストンキャリアフォーラム」で日本人留学生を毎年20人ほど採用しています。キリンでも昨秋から同イベントにおける採用を始めました。
また、KDDIでは新卒採用枠にグローバルコースを設置して留学経験者を積極採用したり、HISでは選考過程に入った留学中の日本人学生に対し メールなどで意思疎通を図るなど面接方法を柔軟に設計したりするなど、海外組が抱える就職活動の障害を取り除く配慮をしています。
ダイキン工業でも、自社のグローバル化を一気に加速させるために、日本在住の外国人留学生と海外の日本人留学生の双方に積極的なアプローチを図っています。
一方でこれまでグローバリゼーションとは無縁と思われていたような鉄道などのドメスティック業界にも変化が見られます。
東急電鉄では2012年度から新卒採用方針を変更し、従来以上に多様な人材やグローバルな視野を持った人材を求め、海外留学経験者の採用に力を入れ始めました。
また、前々回の「日本企業のグローバル競争力の危機!」で紹介したユーシンでは、語学が堪能な留学経験者の採用を本格化し、新入社員は国内工場で1~2カ月働いたら海外工場へ派遣するなど、海外でのOJTを通じて即戦力化を図っています。
新人のみならず次世代を担う幹部候補生向けにも、これまで以上にグローバル人材の育成が推進されています。
先ほどの武田製薬では40代前半の課長向けにフランスのビジネススクールINSEADの教授による講義など1週間のプログラムを3回ほど実施し、経営課題の解決策を考える研修を施しています。
住友商事でもやはり40歳前後の幹部候補生をスイスのビジネススクールIMDへ1週間派遣し、経営スキルを習得する機会を設けています。
商社の双璧、三井物産と三菱商事でもグローバル教育をさらに推し進めています。
三井物産では幹部候補生向けグローバルリーダー育成として、日本企業で初めてハーバードビジネススクールのカスタマイズプログラムを活用した研修を行い、三菱商事は今年度から本社部長級30人ずつを1~2カ月間、海外のビジネススクールへ派遣する計画を立てています。
NTTデータでは、2008年から入社5年以内の新人を毎年100人ほどインドの子会社へ7週間の研修へ送り出したり、2010年からはドイツでも幹部候補生の研修として1週間ほど経営学を学ぶプログラムを実施しています。
同社では人事評価でも社員の挑戦的な姿勢を重視しており、海外展開をはじめとした未知の領域へのチャレンジ精神を尊重しています。
また、キリンは2008年から中堅社員を選抜し1年間英語で企業経営を学ぶ研修を開始しています(これまで85人を輩出し、11人を海外へ派遣)。
さて、先述の商社ですが、社員を海外へ送り出す姿勢は徹底しています。
三井物産は若手社員中心に120人を3カ月~1年間海外派遣し、5年以内に全員が海外経験をするように計らっています。
三菱商事では入社8年目までの社員全員が海外経験を積む制度を2010年から始めています。期間は3カ月~2年と様々ですが、今後は新卒採用数と同数の170人程度を毎年派遣する予定です。
丸紅でも、入社2~7年目の総合職全員が20代のうちに必ず1度は語学研修も含め海外経験をする制度が2012年度に正式導入されました。中国 語、ポルトガル語、韓国語、スペイン語、ロシア語など多岐にわたりますが、現地で生活風習を知り市場のポテンシャルを探るミッションも含まれています。
伊藤忠では、従来の新人海外派遣制度(4年目までの社員を数カ月間英語圏へ派遣)に加え、8年目までには2カ国語を話せるように特殊語学派遣制度 を導入し(中国語やロシア語、スペイン語、ポルトガル語など)、4~6カ月間ホームステイや大学寮生活の経験をさせる取り組みを行っています。
商社以外にも、三菱重工業などでは入社2~4年で海外留学などの経験がない社員全員を対象に、日本人がほとんどいない環境で2~3カ月生活させるという武者修行を行っています。2012年度は最大200人を派遣する予定です。
今年7月に英国の広告代理店大手イージス社の買収を発表した電通は、「国内の顧客もグローバルな範囲に視野を広げており、より加速度的にやっていくことが必要だと思った」と、海外展開を加速する考えを示しました。
同社ではそのために「New Global Passport」と題して、30代を中心に数十人が8カ月間英語漬けであらゆる場面に対応できる英語力を習得する研修も始めています。
またポルトガル語、ロシア語、中国語などについても半年間の国内研修プログラムを設けており、今後は海外の現地拠点へ派遣し現地で仕事ができるよ うにすることを狙っています。さらには30代後半の次世代リーダーをMIT経営大学院等へ派遣するといった取り組みも行っています。
前回「社員を海外で鍛える日本企業、ただいま急増中!」で紹介した楽天でも、社員に求める語学力のハードルは非常に高いものがあります。
2013年の新卒に求める英語力はTOEIC750点以上が基準となっているようですし、執行役員以上はTOEIC800点を課されていました(無事、全員達成したようです)。
また他の社員もそれぞれ目標ラインが課され、就業時間内でも英語を学べる環境を整え、徹底した英語教育がなされています。その結果、英語化を表明した2010年度の社員の目標レベルへの到達度は29%だったのが、今や86%に達しています。
マクドナルドも国籍問わず30代前半でTOEIC800点以上のグローバル人材を中途採用する方針を表明し、今年の12月から開始するそうです。年間最多で120人を採用し、店舗開発やIT、経営戦略などを担う部署へ配置するとのことです。
その他にも各社が求める語学力の基準は様々ですが、その一部をご紹介します。
武田製薬:新卒採用の応募条件にTOEIC730点
日本電産:昇進条件に日本語以外の1カ国語習得(部長級は2カ国語)
三井不動産:総合職全員にTOEIC730点を目標設定
三井住友銀行:総合職全員にTOEIC800点を目標設定
野村ホールディング:グローバル型社員の採用基準にTOEIC860点
三星ダイヤモンド工業:社員全員にTOEIC730点を目標設定
これまで企業の様々なグローバル人材育成戦略を見てきましたが、特に日立製作所やソニーではこれまでご紹介した取り組みを包括的に行っているように見受けられます。
まず日立で、以下のような取り組みがなされています。
●今年度春に入社した社員のうち150人の事務系社員全員と300人の技術系社員の半数を、将来の海外赴任に対応できるグローバル要員として採用する
●2011~2012年度で2000人を海外経験させる(2009~2010年の10倍)。具体的には、入社1年目から30代前半までの3分の2にあたる若手社員を最長3カ月、新興国の海外工場や顧客先、語学学校などへ派遣する
●課長以上の国内外の評価基準を統一し、グローバルで適材適所を図る
●既に通年採用を実施している
●外国人採用を前年に比べ倍増するとともに、海外の大学を出た日本人留学生の採用も増やす
●我孫子市にある重役スクールでマーケティングやファイナンス等多様な研修を実施。2005年からはペンシルベニア大学ウォートン校がプログラムを作成したMBAプログラムを実施(教授も来日)
同じくソニーでも多岐にわたる取り組みが見られます。
●全管理職にTOEIC650点を目標設定
●2013年度の新卒採用の3割を外国人に充てる
●海外経験の少ない若手を最長2年ほど海外に派遣する。枠は毎年100人程度に拡大予定(新卒200人の半数)
●国内採用250人のうち50人程度が留学生らの海外経験者とする
●ソニーユニバーシティでは、2009年からアドバンスドグローバルリーダープログラム(AGLP)において世界から毎年25人が選抜され(そのうち日本人は3分の1)、4~5カ月間の実践的なマーケティングや経営戦略の研修を行っている
●内定者が留学を計画している場合、入社時期を秋にずらせる措置を取る
以上、これまで2回にわたり企業のグローバル人材育成の取り組みをご紹介いたしましたが、これらはほんの一部です。
日本の企業はグローバル化が遅れているとよく指摘されますが、今後は世界の潮流にキャッチアップし、グローバルでのプレゼンスを高めていくことを期待したいと思います。
(ジャパンビジネスプレス 2012年8月23日)